安全対策を怠った原発を今日まで運転した責任は大きい

東京電力福島第一原発が40年前、竜巻やハリケーンに備えて非常用発電機を地下に置く「米国式設計」をそのまま採用したため、事故の被害が大きくなったことが関係者の証言でわかった。

原発は10メートル以上の津波に襲われて水につかり、あっけなく全電源を失った。

風速100メートルに達する暴風が原発に襲いかかる。周辺の大木が根こそぎ吹き飛ばされ、ミサイルのように建屋の壁を突き破り、非常用電源を破壊する――。

1960年代初頭、米国ではこんな悪夢のシナリオを想定して原発の災害対策が練られた。非常用発電機は原子炉建屋ほど壁が厚くない隣のタービン建屋に置かれた。

「木のミサイル」から守るためにより安全なのは地下だった、と東電関係者は解説する。

米国ではハリケーンに男女の名前を交互に付ける。津波よりも身近な災害だ。

東電初の原発だった福島第一の1号機は、ゼネラル・エレクトリック(GE)など米国企業が工事を仕切った。

「東電は運転開始のキーをひねるだけ」という「フル・ターン・キー」と呼ばれる契約で、技術的課題は丸投げだったという。

東芝や日立など国産メーカーの役割が増した2号機以降の設計も、ほぼ1号機を踏襲。津波など日米の自然災害の違いをふまえて見直す余裕はなかった。

旧通産省の元幹部は「米側の仕様書通りに造らないと安全を保証しないと言われ、言われるままに造った」と振り返る。